​コメント

シリアスな大阪人が静かに激しい愛を語る映画。それだけで新しく感じました(他にもあったらゴメンなさい)。「心が見えるようになる装置?なんだそりゃ!」な無謀なテーマに堂々と正面から挑む五十嵐皓子のねばり強い狂気が、最後は清々しく思えてくる怪作です。

(映画監督 大工原正樹)

 

不思議な映画だ。そもそも心の可視化現象そのものが不思議なんだけど、いろいろな人の心が可視化して、登場人物たちにもそれが誰の心の可視化なのかがわからなくなってきて、迷宮化する。「言葉にしなきゃダメだよ」という台詞は、まさに正解なんだけど、それを言っちゃあお終い。言葉にならない、言葉にできない心の中は、やっぱり不思議。(映画監督 万田邦敏)

 

 

 


よくパラレルワールドには「世界線」という言葉が出てくるが、この映画はひょっとしたら、今、私たちが生きるこの世界こそが無数の世界線に貫かれ交錯し合っていることを描いてるのではないだろうか? それに近いことを、私たちは「人間には関係の数だけキャラクターがある」という言い方で認識しているわけだが、いや、事態はもっとややこしく、人物a、a’、a’’、a’’’…の世界線が交わる接点に人物Aは存在し、無数の可能性の局面を開示しみせているのでは? そういう人間および人間関係の変容を『惑星ソラリス』や『ストーカー』のような大上段の設定ではなく、プチ近未来のちょっとしたデバイスが照らし出してしまうというアイデアがこの映画の魅力だが、当然ながらややこしい。シンプルを旨とする映画の掟を平然と踏み越えて、映画史上かつてないと言いたいくらいややこしい。覚悟して見てもらいたいが、いや、現実がほとんど近未来みたいに二重写しに見える今日のリアリティには、ふさわしいかも知れない映画なのだ。

(脚本家・映画監督 高橋洋)

愛の物語なんて、とっくに語り尽くされたかと思っていた。……が、どうやらそれは間違いだったよう。始まるや一瞬たりとも目が離せなくなる、もっともピュアで、もっとも未来的な、恋愛映画の新境地。

(大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクター 暉峻創三)